食事パターンとART治療成績
治療前の「pro-fertility(エビデンスに基づいた)」食事パターンは、ART女性患者の良好な治療成績に関連し、よく推奨される地中海食はアメリカで不妊治療を受ける女性にとって必ずしも最も適切であるとは限らないことがアメリカで実施された研究で明らかになりました。
ハーバード公衆衛生大学院の研究チームは、ART患者に推奨出来得る食事パターンについて検討すべく、EARTH研究(マサチューセッツ総合病院で不妊治療を受けているカップルを対象に治療成績に影響する要因について調べている現在進行中の研究)に参加している357名の女性(18-46歳)の608周期を対象にした前向き研究を実施しました。
ART治療開始前に食物摂取頻度調査票を使い、過去1年間の食物の摂取頻度と1回のおよその摂取量、サプリメントの利用状況を調べ、4つの食事パターン、地中海食、新健康食(AHEI-2010)、ファティリティダイエット、"pro-fertility" dietに、それぞれどれだけ近いかを示すスコアを算出しました。
4つの食事パターンの特徴と食べ方は以下の通りです。
・地中海食:地中海沿岸地域の伝統的な食事パターンで、さまざまな生活習慣の発症リスク低減に関連するという膨大な研究報告がなされている。野菜、じゃがいも、豆類、果物、全粒穀物、魚、オリーブオイルを多く、高脂肪乳製品、赤肉、鶏肉、アルコールが少ない食べ方。
・新健康食(AHEI-2010):米国大規模疫学調査から導かれた生活習慣発症リスクの低い食べ方。野菜(じゃがいもを除く)、果物、全粒穀物、ナッツ類、豆類、オメガ3脂肪酸、多価不飽和脂肪酸、アルコールを多く、砂糖入り清涼飲料水、果物ジュース、赤身肉、加工肉、トランス脂肪酸、ナトリウム(塩)は少ない食べ方。
・ファティリティダイエット:米国大規模前向きコホート研究「看護師健康調査」から排卵障害不妊症の発症リスクが低かった食べ方。一価不飽和脂肪酸/トランス脂肪酸比、植物性タンパク質のエネルギー比、高脂肪乳製品、鉄やマルチビタミンサプリメントを多く、動物性タンパク質、グリセミック負荷、低脂肪乳製品が少ない食べ方。
・"pro-fertility" diet:主にハーバード大学によるEART研究で良好なART成績に関連した食品を組み合わせた食べ方。葉酸、ビタミンB12、ビタミンDのサプリメント、残留農薬レベルが低い野菜や果物、全粒穀物、魚介類、乳製品、大豆食品を多く、残留農薬レベルが高い野菜や果物が少ない食べ方。
608周期のうち544周期で胚移植が行われ、343周期(56%)が着床、305周期(50%)が妊娠、そして、248周期(41%)が出産に至りました。
それぞれの食事パターンスコアで4つのグループ分け、その後の治療成績との関連を解析した結果、新健康食やファティリティダイエットスコアは治療成績に関連しませんでした。
それぞれの食事パターンスコアで4つのグループ分け、その後の治療成績との関連を解析した結果、新健康食やファティリティダイエットスコアは治療成績に関連しませんでした。
地中海食ではスコアが2番目、3番目、4番目のグループを合わせた出産率は44%と、最も低いグループの出産率の31%に比べて有意に高かったものの、グループごとの出産率は低いほうから順に、31%、47%、44%、41%と2番目以降は低下しました。
"pro-fertility" dietではスコアが高くなるほど、着床率や妊娠率、出産率が有意に高くなり、調整後出産率はスコアの低いグループから順に、33%、32%、48%、56%でした。"pro-fertility"dietスコアが1標準偏差(4ポイントに相当)増えるごとに出産率は53%高くなり、出産に至る治療周期の割合はちょうど0.10増加しました。
その一方で、"pro-fertility"食スコアはエストロゲンレベルや採卵数、子宮内膜の厚さとは関連しませんでしたが、スコアが高いほど胚移植のキャンセル率や流産率が有意に低いことがわかりました。
このことから、ART治療前の女性の"pro-fertility"食事パターンは、出産率の増加と関連し、よく推奨される地中海食のような食事パターンはアメリカでART治療に臨む女性にとっては必ずしも適切でないかもしれないと結論づけています。
体外受精や顕微授精に臨むカップルにとって、推奨される食事パターンについてのオフィシャルなガイドラインはありませんが、これまでは地中海食に近い食べ方が良好なART治療成績に関連するという研究報告がギリシャやオランダ等のヨーロッパからなされています。
ハーバード大学の研究チームは、これまでEARTH研究などを通して、栄養素や食品とART治療成績との関連データをベースにした食べ方がアメリカでART治療に臨む女性にとって適切ではないかとの仮説を立て、これまでの研究データから"pro-fertility"食事パターンを考案し、地中海食やAHEI-2010食、FD(ファティリティダイエット)食の4つの食事パターンとART治療成績の関連を比較しました。
その結果は大変深いもので、仮説通り、"pro-fertility"食が最も良好なART治療成績と関連しました。
どの食事パターンも全粒穀物や野菜、果物、魚、ナッツ類を中心にするなど大まかなパターンは共通しています。ところが、"pro-fertility"食パターンは残留農薬レベルの低い野菜や果物を多く食べ、残留農薬レベルの高い野菜や果物を少なく食べるという項目があること、また、葉酸やビタミンB12、ビタミンDのサプリメント補充もスコア化されています。
このことは、それぞれの国や地域に特有の食事情を反映させること、重要な微量栄養素の補充がポイントになることが示唆されます。
さらに、同じアメリカの疫学調査をベースに考案されたAHEI-2010やファティリティダイエットでも、生活習慣病の発症リスクや排卵障害の不妊症の発症リスクの低減に関連する食べ方であり、やはり、良好なART治療成績に関連するのは異なる食べ方になることもわかりました。
これまで日本では食事パターンとART治療成績の関連研究がほとんど実施されていません。海外で得られた知見を参考にしながら、ART治療に臨む日本人に適切な食べ方を検討する必要があります。
4つの食事パターンのスコアの算出方法は以下の通りです。
◎地中海食